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枯れた技術を手にするという覚悟
皆さんおやっとさぁ!鹿児島のトークセン・ビハーラの折田です。
新しい技術や理論を学ぶたびに、毎回思うことがあります。
これはすぐに使えるものではないな、と。
頭では理解できても、手が追いつかない。
誰に対しても同じように効果を出せるかと言えば、まったくそんなことはない。
再現性がないものは、現場ではただの知識でしかありません。
だから僕は、新しい学びを得ても、すぐにメニューにはしません。
それは慎重というより、不器用だからです。手に馴染むまでに、人より時間がかかる。
でも、その時間を飛ばしてしまうと、技術は空回りする。
最先端の技術や知識も、枯れた技術になるまで使い込まなければ、現場では役に立たない。そう思っています。
学びすぎていた頃の自分へ
正直に言えば、かつての僕は完全に勘違いしていました。
あれも学んだ、これも学んだ、それも知っている。すると、なんだか自分がすごくなった気がするんです。
でもそれは、ただ知識が増えただけ。手が育っていたわけではありません。
周りを見れば、すごい人ばかり。
焦って、置いていかれないように、あれこれ手を出す。
それ自体は、きっと誰にでもあることだと思います。
けれど、どこかで立ち止まらなければならない。
学びを増やす段階から、深める段階へ移らなければならない。
そうでないと、根のない木のようになってしまう。
千招を知るものを恐れず一招に通じるものを恐れよ
僕が昔学んでいた中国武術の世界には、こんな言葉があります。
千招を知るものを恐れず、一招に通じるものを恐れよ。
千の技を知っている人は、恐れる必要はない。
一つの技を徹底的に使いこなしている人こそが、本当に恐ろしい。
これは、技の数の話ではありません。
技にどれだけ時間を費やしたか、どれだけ失敗したか、どれだけ現場で揉まれたか、という話です。
僕はまさに、千招を追いかけていた側でした。でも今なら、はっきり分かります。
恐れられる存在は、静かで地味で、手数が少ない。
根と幹を育てるという選択
今の僕は、過去に学んだことをひたすら繰り返しています。
派手さはありません。むしろ、昔に戻っている感覚すらあります。
でも、ようやく分かってきました。大きな根と幹を育てない限り、枝葉は広がらない。
師匠から昔から伝授されてきた、トークセンとジャップセン。
この二つは、今や毎日のように使っています。使えば使うほど、理解が深まる。理解が深まるほど、無駄な動きが減っていく。
この考え方は、施術だけでなく、現在行っているスクールでも同じです。
まずは本道を繰り返し、身体で理解すること。
その積み重ねの先にしか、本物の技術は育たないと考えています。
トークセン・ビハーラのスクールについては、こちらにまとめています↓
ここが自分の本道なのだと、ようやく腹に落ちました。
僕は一生現場の人間でいい
世の中には、本当にすごい人たちがいます。
次々と新しい理論を生み出し、道具を作り、流れを作っていく。
正直、どんなに足掻いても真似はできないし、追いつけない。
でも、追いつく必要もない。なぜなら、僕は現場の人間だからです。
人様の体に触れ続けること。
その中で技術を磨き、削ぎ落とし、枯れさせていくこと。
千年の時を超えて受け継がれてきた技術には、理由があります。
僕はこれからも、トークセンとジャップセンにこだわっていきます。
そして、この技術と思想を、次の世代へと繋いでいく。それが、自分に課した役割だと思っています。
最後に
〜Na-a Na-wa Rokha Payati Vina-santi〜
私の持つ技術と知識があなたの救いとなりますように
この手に触れる全ての人が健やかに、幸せに過ごせますように
