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柳生心眼流の講習で得た学びと導引術との再会について
皆さんおやっとさぁ!鹿児島のトークセン・ビハーラの折田です。
大分までの片道6時間。
車を走らせながら何度か休憩を挟みつつ向かっていましたが、途中でふと気づいたことがありました。
昔のような無尽蔵のスタミナはもうどこにも見当たらないという現実です(笑)
以前なら気合いでそのまま走れていた距離なのに、今では途中で背中を伸ばしたり少し歩いたりしなければ体がついてこない。それでもハンドルを握って向かったのは、柳生心眼流の講習でした。
柳生心眼流は、私にとって身体の原点に立ち返るような学びです。
無駄のない動き、身体で理解する世界、静かに積み重なる集中。
年齢とともに体力は落ちていきますが、学びに向かう意欲や好奇心はなぜか落ちないどころか、むしろ増しているような気がします。
歳を重ねたからこそ気づくこと。
味わい深く感じること。
久しぶりにその感覚に触れた時間でした。
島津先生の記憶が蘇る時間
柳生心眼流と聞くと、どうしても島津先生のお顔が浮かびます。
静かで、落ち着いていて、動きのほんのわずかな誤差まで見抜くような鋭い眼差し。
あの独特の空気を覚えている方も多いのではないでしょうか。
腱引き師としての活動が増えていく中で、柳生心眼流とは少し距離が空いてしまいました。
そんな中、昨年、先生が亡くなられたという知らせを聞いたときは胸の奥にぽっかりと穴が空いたような気持ちになりました。
講習会場に飾られていた写真の中に、懐かしい先生のお姿がありました。
その写真を見た瞬間、あの頃の空気が一気に戻ってきたのです。
緊張感、静けさ、先生の所作から漂う張力。
身体が覚えていた記憶が蘇るとは、まさにこういう瞬間だと思いました。
学びから離れていた期間があったとしても、心の底ではずっとつながっていたのだと感じました。今回はまさに、原点に帰る旅でもありました。
導引術との再会
今回の講習で最も心を揺らしたのは導引術でした。
というのも、二年前に私はこの導引術による驚くべき回復を目の当たりにしているからです。
全治三ヶ月の骨挫傷。
ギプスと松葉杖。
誰がどう見ても動けるはずのない状態の方でした。
ところが導引術を受けた三日後、その方は軽々と飛び跳ねていたのです。
飛び跳ねてました。
本当に。
あの時の私は、驚きすぎてまばたきすら忘れていたかもしれません(笑)
骨挫傷や肉離れといえば、一般的には安静にして回復を待つ方法が普通です。
それが導引術では、身体の深層の方向性が切り替わるように反応し、回復のスピードが一気に変わることがあります。
それを偶然ではなく技として再現できることに、私はずっと強い関心を抱いていました。
今回の講習では、その核心部分にしっかり触れることができました。
手の角度、圧の向き、筋と骨のつながりの読み方、誘導の流れ。
細かいようでいて、これらが積み重なることで結果がまるで違う方向へ向かっていく。
その理屈が分かった瞬間は、思わず深く息を吐いてしまうような感覚がありました。
身体の深い層に響きを届ける点ではトークセンにも共通するところがあります。木槌の振動がセンや筋膜の奥へ届いていくあの感覚です。
興味がある方はトークセンの紹介ページもご覧ください↓
導引術を学んだことで、トークセン理解にも新しい角度が加わったように感じています。
常識を超える回復の力
導引術を学んでいると、人の身体がどれほど賢く、強く、そして柔軟なのかを思い知らされます。
私たちは時間をかけてゆっくり治っていくものだと信じていますが、身体はもっと大きな可能性を秘めています。
身体の深層にある方向が変わるだけで、回復が急に進む瞬間があります。
三ヶ月が三日に縮むというのは常識からすれば考えられません。
しかし、身体の反応を観察していると、決して不思議ではないように思えてくる時があります。
今回学んだ技法は、その変化のきっかけをつかむための鍵のように感じました。
少し手の向きを変えるだけで反応が変わる。
圧の方向が変わるだけで流れが通る。
身体の構造に沿って操作することで、まるで身体が自ら立ち上がるように働き始めます。
その瞬間に立ち会うと、身体が持つ本来の力はまだまだ未知数なのだと実感します。
学びがくれた贈り物
帰り道、車を走らせながら胸の奥が少し軽く感じました。
片道六時間の移動は確かに体にこたえましたが、それ以上に得たものが大きかったからだと思います。
ひと足早いクリスマスプレゼントをもらったような感覚でした。
学びというのは、すぐに形になるわけではありません。しかし、学んだ瞬間から確かに心の中に灯がともります。
今回の導引術の学びは、その灯のひとつでした。
これから復習を重ね、しっかり手の中に落とし込み、施術として還元していきます。
身体はまだまだ変われるし、人はまだまだ伸びていく。そう信じられる一日でした。
今日もブログ読んでくださってコップンカップ!
〜Na-a Na-wa Rokha Payati Vina-santi〜
私の持つ技術と知識があなたの救いとなりますように
この手に触れる全ての人が健やかに、幸せに過ごせますように
