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その記憶を胸に、物語は次の章へ
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あの空間が、ただの空間になった日
札幌SALAの撤去作業が無事に終了いたしました。
長年、癒しの音が響いていたあの場所は、今はほとんど空っぽに。
あとは業者さんの手によって、最終的な処理と清掃が入るのみです。
今回は、特別な思い出の品として、じーぶちょーが私のことを「折田さん」と呼んでくださっていた(笑)サロンに鎮座していたブラフマー神の像をいただきました。

なぜその像が僕なのか?は僕と櫻井先生の間の秘密です。大切な思い出として頭の中に覚えておきます。
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面会は叶わずとも想いはつながる
師である櫻井一成先生は現在ご入院中で、今回は残念ながら直接お会いすることはできませんでした。
しかし現状についてはお身内の方からお話を伺い、
「焦らず気長に治療されることが大切だ」と、静かに見守る気持ちを強くいたしました。
また、先生からお預かりしていた技術、トークセン=ジャットクラドゥーク(骨に響かせる特殊なトークセン)の指導についても、あらためてご許可をいただきました。
この技術を来年以降しっかりと伝えていくため、テキストや資料づくり、二又リムの試作など、準備に着手してまいります。
片付け作業が一区切りして、なんとなく皆で施術会のようになった際にジャプセン講座同期の方から「じーぶちょーとトークセンの響き方が似てきたね」と言われたことが1番の収穫かもしれません。
道具を使うのは人間、やり方は同じでも使い手によって大きく変わります
もし、偉大なる師匠にトークセンが似てきたのならば・・それは僕にとって最大最高の褒め言葉です。本当に嬉しかった言葉です。
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この旅は心のケジメのためにあった
札幌を離れる朝、新千歳空港に着いても、今回は時間がなく空港温泉に立ち寄る余裕もありませんでした。

お土産をサッと選び、すぐにチェックインカウンターに。夏休みのため満員の飛行機でした。
今回滞在は短くとも、「来てよかった」と心から思える日々でした。
これは、作業のための滞在ではなく、自分の心にケジメをつけるための旅でもあったのだと感じます。
飛行機が滑走路を離れるとき、私はふと、こう思いました。
「ここから始まった物語は、まだまだ続いていくのだ」と。
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鹿児島に戻り、そしてまた走り出す
チェンマイでの研修からそのまま札幌へ。正直、身体にはなかなか堪える移動でした。
鹿児島に戻って一息ついた瞬間、どっと疲れが押し寄せて動けなくなるほどでしたが、それでも「行ってよかった」という確かな実感が残っています。
喪失ではなく、継承へ。
別れではなく、つながりへ。
その想いを胸に、私はまた一歩を踏み出します。
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伝統を灯し続けるために
札幌SALAで育まれた“音の技”を、鹿児島【トークセン・ビハーラ】の地で絶やさぬよう継承してまいります。
櫻井先生から直接学んだトークセンやジャプセン。
そして今回、あらためて指導許可をいただいた“ジャットクラドゥーク”
これらを体系立て、来年以降の特別講座として提供できるよう準備を進めております。
📚 詳細はこちらから:
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心から心へ、受け継がれる音
人生は、つながりと選択の連続です。
櫻井先生が築いたSALAの音は、私の中で今も鳴り続けています。
それを今後、必要としてくださる方へ、確かな技として届けてまいります。
ブログを最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次の章も、どうぞ見届けてください。
